おはなし会「土地の人 旅の人」は、毎回ゲストを呼んで、テーマに沿って「自分」を語ってもらいました。また、集ってくれたみんなが自分を語りました。

★1998年9月3日記 (『土地の人 旅の人』はじめに)

宮崎駿の映画「もののけ姫」のラストシーンが忘れられません。少年アシタカがもののけ姫 (サン) に向かって、「そのままでいい、共に生きよう」と放った言葉に感動しました。

シャイニング・スモール・ストーンのおはなし会は、いろいろな世代の人が同じ空間で、 同じ時間 “そのままでいい”を過ごすおはなし会です。これからも、共に考え、共に語り合い、共に歩み、共に生きてゆきましょう。

私はおはなし会を催すときや、本を出すときなどに「シャイニング・スモール・ストーン」と書きます。会社でいうなら社名というところです。

「シャイニング・スモール・ストーン」という名は、「『希望』と書かれた小さい光る石」をイメージしてつけました。

(つづきは最後のページ)

2023年からの「土地の人 旅の人」通信

<目 次>

★土地の人 旅の人通信 №1 ~七夕の日のお話会~

★土地の人 旅の人通信 №2 ~ハロウィンのお話会~

★土地の人 旅の人通信 №3 ~Christmasのお話会~

★土地の人 旅の人通信 №4 ~“このあと どうしちゃおう”のお話会~

★土地の人 旅の人通信 №5 ~雪の日のお話会~

★土地の人 旅の人通信 №6 ~お盆の日のお話会~

★土地の人 旅の人通信 №7 ~節分の日のお話会~

★節分の日のお話会(2026年2月3日)

参加者:S.S.Stoneファミリー

1.節分には、どうして鬼がくるの? どうして、豆をまくの?

2月3日は節分。「鬼は外、福は内」でお馴染みの、老若男女問わずみんなが参加できる年中行事です。豆まきをしたり、恵方巻きを食べたり、いわしを飾ったりと古くから伝わる風習が数多くあります。

正月の次に訪れる年中行事といえば「節分」

もともと節分とは、年に4回訪れる立春・立夏・立秋・立冬の前日を指す言葉。しかしいつしか、一年の始まりであり、大切にされていた「立春」の前日のみを「節分」と呼ぶようになりました。悪いものを追い出し、縁起のよいものを食べて、新しい季節を迎えるための行事です。
知っているようで意外と知らない、大人も子ども気になる節分のあれこれ。
Q  節分ってな~に?

節分は、「みんなが健康で幸せに過ごせますように」という意味をこめて、悪いものを追い出す日。
邪気祓いとして、「鬼は外、福はうち」と言いながら豆まきをしたり、恵方巻を食べたりします。 
Q  どうして節分は2月3日なの?

節分という言葉には、「季節を分ける」という意味があるそうです。日本では春は一年のはじまりとされ、特に大切にされています。そのため、春が始まる前の日、冬と春を分ける日だけを節分と呼ぶようになったそうです。

暦の上で春が始まる日を「立春(りっしゅん)」(2月4日ごろ)と呼びます。
※暦…時間の流れを年や日付に当てはめたカレンダーのようなものです。
Q  どうして節分には鬼をやっつけるの?

季節の分け目には、悪いもの(邪気)が現れやすいとされていて、その「悪いもの」の象徴が「鬼」なのだそうです。

鬼と聞いたら、どんな姿を思い浮かべるますか?ツノの生えた、赤色や青色のこわ〜い姿を思い浮かべる人が多いかな?

もも:「つのがあって、こわくて、いろんな色があって、おもしろい鬼もいる。」

けん:「赤おにこわくない。先生がこわいの?」

実は、もともとは鬼の姿は決まってなかったのだそうです。見えない悪いものを鬼と呼んでいて、いろんなお話を通じて、だんだんと今の姿になっていったのだそうです。
Q  どうして節分に豆をまくの?

悪いもの(鬼)を追い払い、良いもの(福)を呼び込むために、豆まきをします。鬼に炒った豆をぶつけて、悪いものを追い出すというイメージです。ずーっと昔に、鬼を豆で退治したところから由来しているそう。

豆まきの豆、“大豆(だいず)”にはたくさんの栄養が含まれているから、鬼を追い出すパワーがいっぱいつまっているんからかな!

どうして“炒った”豆なの?

炒った豆とは、火を通した豆のこと。悪いものを追い出すために使う豆…
もし火を通さずに、そのままの豆をまいて芽が出てしまったら大変です!芽が出て追い出したはずの悪いものが育たないように、炒った豆を使うそうです。場所によっては落花生をまくところもあるのだそうです→千葉。

Q  節分の日、どうやって過ごす?

・豆まき

「鬼は外!福はうち!」のかけ声と共に、豆をまいて鬼を追い出そう!

・豆を食べる

豆を自分の歳の数だけ食べると、体が丈夫になって病気になりにくいと言われています。場所によっては自分の歳の数よりも1つ多く食べるところも。「豆を食べるときは、窒息・誤嚥に注意!

・恵方巻を食べよう

節分の日の夜に、その年の恵方を向いて、願い事を思いながら一言も話さずに食べると、願い事がかなうとも言われているよ。2026年の恵方は、「南南東」です。

2.節分近くになるとうちで読む本

節分と言えば、“鬼”。我が家では節分近くになると鬼が出てくる本をよく読みます。

先にも言いましたが、もともとは鬼の姿は決まってなかったのだそうです。見えない悪いものを鬼と呼んでいて、いろんなお話を通じて、だんだんと今の姿になっていったのだそうです。我が家には鬼が登場する本がたくさんあります。娘にに読んだ本を孫たちにも読んだりしています。最近は親子三代で「鬼滅の刃」の大ファンになり、怖い鬼も見ています。 「鬼」を辞書で調べると、「怪力・残忍で恐ろしい生きもの。たたりをするばけもの。むごくて思いやりのない人」とあります。よっぽど、鬼って怖いいきものとしてたとえられているいます。
でも、絵本の中の鬼は、ちょっと違うような気がする。心優しい鬼がいたり、寂しがり屋の鬼がいたり、気のいい鬼もいたりします。不思議な世界。いろんな鬼がいて面白い!

☆『ふくわうち おにもうち』朗読

作: 内田 麟太郎   絵: 山本 孝
この絵本に出てくる鬼も、ちょっと変わっています。
遠慮しいで、酒が入ると陽気になり、帰りは礼儀正しく頭をさげて帰っていく。

おかみさん貧乏なのは鬼のせい?と思っています。福の神が、にぎやかな声に誘われてやってきますが、鬼を見て逃げ出そうとします。おかみさんは、必死に福の神にしがみつき、「にげんといてー、いかんといてー、みすてんといてー」と叫びます。その後、鬼たちにまじって、福の神もおかみさんもこどもたちも踊りだし、どんちゃん騒ぎをしているシーンは、とっても楽しそうでした。
福の神は、にぎやかな家が好きなので、なんとその家の神棚に座られ家にいてくれることになりました。
5歳のもも:「おにもみんなとたのしんでよかった。」

2歳のけん:「けんちゃん、おにのパンツ歌う!」

☆『おにのおめん』朗読

作・絵: 川端 誠

お春は、荒物(あらもの)問屋に奉公する働き者。母親に似たお面をながめては、恋しさをまぎらわしています。
ところが、暮れもおしせまったある日、お春がいなくなってしまい、たいへんな騒ぎに…。
そのころ、お春は「おにのめん」を背負って、ひとり夜の枯野を実家へと向かっているのですが、いったい、なにがおこったの?

5歳のもも:「最後の鬼の笑ったおめんがかわいかった」

2歳のけん:「いいはなしだよね?いいはなしだよね!」

3.節分にうたう歌

☆まめまき(作詞・作曲:不詳)

おにはそと ふくはうち
パラッ パラッ パラッ パラッ まめの音
おにはこっそり にげていく

おにはそと ふくはうち
パラッ パラッ パラッ パラッ まめの音
はやくおはいり ふくのかみ

☆おにのパンツ (作詞:不明 作曲:ルイージ・デンツァ) おにの パンツは いいパンツ つよいぞ つよいぞ
トラの けがわで できている つよいぞ つよいぞ
5ねん はいても やぶれない つよいぞ つよいぞ
10ねん はいても やぶれない つよいぞ つよいぞ
はこう はこう おにのパンツ 
はこう はこう おにのパンツ
あなたも わたしも あなたも わたしも
みんなではこう おにのパンツ

4.ティータイム

恵方巻を食べた後、おやつの時間を楽しみました。

お盆の日のお話会2025年7月17日

参加者:S.S.Stoneファミリー

  1. お盆のおはなし

うちのお盆の過ごし方は、黒部の実家の習慣を真似て行っています。2015年にお墓を金沢の浄土真宗のお寺に移転してから、7月の盂蘭盆にお墓参りをし、住職さんにお経を上げてもらい、家の仏壇で家族がお経をあげます。黒部にお墓があったときは、8月がお盆でした。今も、うちではご先祖様が迷われないように8月にもお盆の行事を行なっています。7月、8月のお盆前に、お墓掃除をして仏壇をきれいにして、お花やお供え物を準備します。

黒部のお盆は13日、14日、15日の3日間、お墓に座布団を持って行って家族全員でお経をあげ、ご先祖様の思い出話をしたり、祖父がお酒好きだったので、お墓にビールをかけたりしました。お墓からご先祖様をお連れして家に帰って、仏壇でお経をあげました。お墓参りと仏壇参りは両親の実家のお墓と仏壇でも行いました。子供の頃は、祖父の実家、兄弟のうちのお墓と仏壇にもお参りし、あちこちで西瓜や葡萄を御馳走になり、3日間何度もおよばれに預かりました。いとこ達などと遊ぶのが大変楽しみでした。

ももと『ただいまねこ』を読んでから、うちにはナスとキュウリのお供え物をしていない?送り火、迎え火もしていない?と気になっていました。「お盆の日のお話会」を開くに当たり、改めてお盆について調べてみました。

「お盆」は、仏教における「盂蘭盆会(うらぼんえ)」、または「盂蘭盆(うらぼん)」を略した言葉とされています。盂蘭盆会は、その昔、お釈迦様のお弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)が、亡き母を救う話に由来しています。

「目連尊者の母親は、子を溺愛するあまり周囲の不幸に無関心だったことが原因で、餓鬼道に落ちてしまいます。餓鬼道に落ちた母親は逆さ吊りにされ、食べるもの飲むもの全てが火となり飢えと渇きに苦しんでいました。目連尊者は、お釈迦様に相談したところ、『夏の修行を終えた7月15日に僧侶たちを招き、供物をささげて供養するとよい』という教えを受けます。これに従って供養したところ、その功徳によって母親は極楽往生を遂げたと言われています。

これは、仏教の伝来によって取り入れられた風習ですが、日本各地には古来から夏時期には祖霊を祀る習慣があったとも言われています。

こうした日本古来の風習と仏教の考えが混ざり合った結果、現在の日本におけるお盆は、家族や一族が集まり、ご先祖様や故人様を偲び、供養する行事として定着しています。

お墓参りは、ご先祖さまが眠っているお墓回りをきれいにして、今自分が元気でいることに感謝の気持ちを伝えます。

みんなのお父さんやお母さんのお父さんお母さん、そのまたお父さんお母さん、そのまたお父さんお母さんのそのまたお父さんお母さん…というように、たくさんのご先祖さまのおかげで、今私たちは元気に生きています。ご先祖さまはもう亡くなってしまっているけれど、お墓参りに行く機会に、日頃の感謝の気持ちを、心を込めてご先祖さまに伝えます。

ご先祖さまがお空から来る時のためにキュウリで作った馬を、ご先祖さまが帰る時のためにナスで作った牛を用意します。また、「迎え火」と「送り火」は、それぞれお盆の始まりと終わりに、自宅の玄関先・庭先やお墓などの場所で火を焚く行事だそうです。

 MOMO:「『きゅうりの馬』と『ナスの牛』がうちにはな~い。」

『きゅうりの馬』と『ナスの牛』は、北海道・東北・中部地方で作られるといいます。お盆を行う宗派(浄土真宗以外)でお飾りするものです。 浄土真宗は「人は亡くなってすぐに仏様」になるという考えを持つ宗派のため、基本的には精霊馬などのお盆飾りは行いませんが、最近は「形だけでも」とお盆飾りのみ行われる浄土真宗の家も見られるようになりました。キュウリの馬には、「少しでも早くお迎えできるように」という意味があり、ナスの牛には「ゆっくりのんびり帰れるように」という意味があるのだそうです。うちは浄土真宗なので今までありませんでしたが、かざってみてもいいですね。

? MOMO:「迎え火」と「送り火」うちではしな~い。マンションだから?」

「迎え火」と「送り火」は、それぞれお盆の始まりと終わりに、自宅の玄関先・庭先やお墓などの場所で火を焚く行事です。迎え火は、お盆の始まりにご先祖様の魂が迷わずに自宅へ帰ってくるための目印になるといわれています。送り火は、ご先祖様の魂があの世へまっすぐ戻れるよう、お見送りのために焚きます。

迎え火と送り火で燃やす「おがら」は麻の皮をむいて乾燥させたものです。麻は古くから、穢れ(けがれ)を祓い清める「清浄な植物」だと考えられてきました。そのため、おがらを燃やすことは「清く穢れのない空間を作り出す」という意味も込められています。ご先祖様はおがらの煙に乗って帰ってくるともいわれています。

また、色や形の見た目からも「提灯」に似ていることから、ご先祖さまが帰ってくる目印となる、ほおずきを飾ったりもします。おおばばは、よくほおずきを飾っていました。うちはお墓でろうそくに火をつけ、お墓からご先祖様を家にお連れするから、「迎え火」と「送り火」はないのかもしれません。今度からほおずきを飾りたいです。

?MOMO:「お正月にもご先祖様が帰ってくるよね!」

実は、お正月も、お盆と同様にご先祖様が帰ってくる行事です。日本には、元々祖霊信仰があり、ご先祖様をお迎えする行事は、仏教が伝来する前から年2回行なわれていたようです。
お盆とお正月、どちらも亡くなった方の魂をお迎えする行事ではありますが、仏事としての意味合いが強いほうがお盆で、神事としての意味合いが強くなったほうがお正月だと言われており、元々はお正月にもお盆と同様のお飾りをする形が正式とされています。

2. ミヤザー ナツ作『ただいまねこ』の朗読

「あかりちゃーん、ただいま」。大好きな人との再会を描いた涙の感動作
この絵本の主人公は黒白猫のちびた。毎日ゴロゴロ、おだやかな日々を送っています。そんなある日のこと、仲間の猫が「きょうは、年に一度のおうちに帰る日だよ」と、言い出しました。わけがわからず渡された三角の布を頭につけると、ちびたは思い出します。自分はあかりちゃんのうちの猫で、彼女たちとかけがえのない時間をすごし、年老いたある日、死を迎えたことを──。
大切なものとの別れは、だれにとってもつらく悲しいものですが、本書のなかではその先に訪れる穏やかで静かな時間を描いています。現在、学校現場でも重要視されている「デス・エデュケーション(死をとおしてよりよく生きることを考える教育)」にも最適な一冊です。(出版社からの紹介)

「ただいま!」 懐かしいわが家に戻って来たちびた

ねこのちびたは、毎日幸せに暮らしていました。ふかふかのお布団は最高に気持ちがいいし、食べ物はたくさんあるし、出会うねこはいいやつばかり!

ちびたには、よく見る夢がありました。誰かに名前を呼ばれ、やわらかな手で背中をなでられる夢です。でもそれが誰なのか、わからないちびた。

ある日のこと、仲間のねこが「きょうは1年に一度おうちに帰る日だよ」と言い出します。わけがわからないまま、小さな三角の布を頭に巻いてもらうと、思い出します。大好きな家で、家族と楽しく一緒に過ごし、年老いて死を迎えたことを。

そんなちびたは、きゅうりのバスに乗って、おうちに帰ります。

おうちに着いたちびたが、真っ先に向かった先は……

こうして、ちびたは大好きな人に再会。

はたして、あかりちゃんはちびたの存在に気づくでしょうか……。

3.お盆に思ったこと

☆MOMO:「お盆は楽しかった。おおじじが帰ってきたし、他のご先祖様も帰ってきてくれたからうれしかった。おぶつだんで、鐘(おりん)をつくのが楽しかった(←MOMOは、お経の合いの手のようにおりんをならしていました)。なんか、見えないけど、ごせんぞさまがいるから大丈夫という気持ちになったり、うれしい感じがしたり、いつもそばにいてくれると思うからうれしいという気持ちになった。」

☆KEN:「たのしかったよ。」

☆K:「両親を金沢に迎えて、お墓を金沢に移して、10年になりました。金沢のお墓に10年間お参りしています。今は孫2人も加わって6人でお参りします。お墓掃除は私の役目です。いつから孫達が手伝ってくれるかな。お墓で手を合わせる2人。お経まねして上げている様子がうれしいです。このご縁もご先祖様のおかげです。93歳になった母親にも報告しました。」

☆A:「お盆は昔から、家に家族が集合して御馳走を食べる夏休みの特別な日でした。皆でお墓の掃除をするのも毎年楽しみでした。祖父母と過ごしたお盆を思い出すとさみしくなりますが、新しい世代の子供達も増えて、お盆には、祖父にも会ったことのないひいおじいさんとひいおばあさんとひいおじいさんのお兄さんも会いに来てくれると思うと、お盆で結集する人数が増えていくんだなと不思議な気持ちになります。」

☆Y junior:「お寺にお墓を移してから、お墓参りの時にお寺でお経をあげていただくようになり、より一層ご先祖様とのつながりを感じたり感謝の気持ちを感じます。子ども達が元気に、優しい子に育っていて、ずっと見守っていただいている気がします。」

☆YUKIKO:「私のお父さんやお母さんのお父さんお母さん、そのまたお父さんお母さん、そのまたお父さんお母さんのそのまたお父さんお母さん…というように、たくさんのご先祖さまのおかげで、今私たちは元気に生きています。ご先祖さまはもう亡くなってしまっているけれど、お墓参りに行く機会に、日頃の感謝の気持ちを、心を込めてご先祖さまに伝えます。そして、私の亡くなったお父さん、おじいちゃんとおばあちゃん、そして飼っていた猫のぽんことももちゃん、犬のラスカルはいつもそばにいて、私たち家族を守ってくれている感じがします。」

4.ティータイム

★雪の日のお話会(2025年2月13日)

1.雪の話

音もなく雪が降っています。 しんしんとふりしきっています。 白いものがまい、町がかすんで見えるのは、普段の様子は違って、ゆめの世界にいるような気分になります。 とても寒いけど、静かな風景も悪くありません。

「雪は天からおくられた手紙である」 -このことばは、中谷宇吉郎博士 (なかやうきちろう はくし)のことばです。

雪からの手紙は、亡くなった祖父からの懐かしい手紙です。 私の祖父は、長い間、黒部市の建設省に勤めていました。祖父は、道や川などの工事をする人たちの監督をしていましたので、雪の日には、朝三時ごろから、迎えの車がきて、道から雪をどかすための指示をするために、出かけて行ったものです。 凍えるような寒い日、 暗がりに出かけなければならないのに、一日として文句も言わずに出掛けていきました。雪の降る風景の中で懐かしく思い出されます。

宇吉郎博士は、雪の結晶の美しさに興味を持ち、雪や氷に関する研究をした人です。この人は、私たちのすんでいる石川県出身です。 加賀市の人ですが、加賀市には 「中谷宇吉郎雪の科学館」があります。そこには雪や氷のたくさんの資料があり、 雪や氷の不思議なことを発見することができます。

雪の結晶には、樹枝状、針状、角板状、鼓状、砲弾状など、さまざまな形があります。2つとして同じ形はなく、分子レベルで見ると1つとして同じものは存在しないといわれています。

雪の結晶が変形したり、くっついたりして雪の世界をつくり、地上に降ってきます。 雪には、降り方や状態によってさまざまな種類があります。

(この写真は、富山県庁ホームページから引用)

<積もった雪(積雪)>

積もった雪(積雪)を分類すると、「新雪」「こしまり雪」「しまり雪」「ざらめ雪」と大きく4つにわけられます。 降ったばかりの新雪から、時間が経つにつれて次第に重くなり、種類も変化していくのです。

<降雪の種類>

粉雪(こなゆき) さらさらとした粉末状の雪で、パウダースノーとも呼ばれる

玉雪(たまゆき) 発泡スチロールの玉のような形をした雪で、雪のシーズンの初めや終わりに多く見られる

綿雪(わたゆき) 手でちぎった綿のような大きな雪片からなる雪で、比較的暖かくて降水量が多い地域に降る

餅雪(もちゆき) 融解が始まっており、水分を多く含む雪で、雪の塊が餅のように柔らかく自由に形状を変えられる

牡丹雪(ぼたんゆき) 牡丹の花のように雪の結晶が集まった塊となった雪で、餅雪よりもさらに水分が多く、気温が高い時に降りやすい

<雪の表現>

淡雪(あわゆき) 降っても泡のようにすぐに消える雪

細雪(ささめゆき) 細やかにまばらに降る雪

灰雪(はいゆき) 灰が舞うようにひらひらと降る雪

べた雪 水分が多い雪で、さらさらではなく、少しべちゃっとしているのが特徴

濡れ雪 水分が多い雪で、さらさらではなく、少しべちゃっとしているのが特徴

湿雪(しっせつ) 水分を含んだ湿った雪

水雪(みずゆき) べた雪よりも水分が多い雪で、みぞれみたいな感じ

乾雪(かんせつ) 水分が少ない乾いた雪

<雪のうた(童謡)>

★ゆき

★雪だるまのチャチャチャ

★ゆきのペンキやさん

★雪のこぼうず

★ゆきふるるん

★ゆきのプレゼント

★雪だるまのまほう

★雪はこどもに降ってくる

★ゆきとつらら

この中で、みんなが歌える歌は「ゆき」でした。皆で「ゆき」を歌いました。

2.『こどものとも わにわにとおおゆき』朗読………YUKIKO(ばば)、MOMO(4歳)、KEN(1歳)

~「わにわにって、雪大好きなんだ!ももとおんなじだ」ともも。~

合いの手のような表現をMOMOが読み、KENがつづき声を出していました。

「つつつ つつつ」

「きし きし ずずず」

「ぎし ぎし ずずず」

「づん づん づん」

「ぎっし ぎっし ずずず」

「ぎっし ぎっし ずずず」

「ぎっーし ぎっーし ず ず ず」

文:小風 さち   絵:山口 マオ  出版社: 福音館書店

「さむいさむいふゆのあさ。しーんとしずかなへやのなか。あ、ゆきがふっている。」わにわにが外に出てみると、あたり一面まっしろの世界でした。わにわには雪のふる中を、きしきしずずずと歩いていきます。落ちてくる雪を口に入れてみたり、お寺の鐘を見つけて、ゴォーンとついてみたり。雪の中で色々な体験をします。人気のわにわにシリーズ最新作です。

3.雪の思い出トーク

☆YUKIKO

2月に入り、北日本海側は大雪ということで、友達が心配してメールをしてくれました。娘の勤務先が山手なので雪が多く心配な毎日です。今は小休止という感じですが、来週からまた大雪の注意報が出ています。

この雪模様の中、雪を喜んでいるのは孫のももだけです。こども園での雪遊びを楽しみにしています。「雪がいっぱい降ったら、かまくら作って、こたつ入れて、餅やくんだ」とのことです。

ニュースで今の豪雪地帯のことを映していますが、自分が子供の頃はいつもこんな感じだったなあと思いだしながら観ています。昔は大雪も当たり前のように暮らしていました。子供の頃の雪はこんなものではなっかたです。2階から出入りしたことありました。田んぼの雪が凍ってかた雪のときは、道との境がなく、田んぼを横断して小学校に通いました。吹雪の日も普通に登校していました。山形出身の友人も同じよう昔を振り返っていました。

☆K

今から25年ほど前、娘にスキーを教えるために休みごとに近くのスキー場に連れて行きました。娘が高学年になり、学校からスキーに行きました。その時、役員で先生方と一緒に子供たちを引率しました。しばらくして、上の方まで行って滑って来た時、不覚にも転んでしまいました。その横を娘が友達とスイスイ滑っていきました。雪が降るとそのことを思い出します。

☆MOMO

雪が降るとわくわくするんだ。じじとかばばとかと雪で遊んだ時の楽しかったこと思い出して、幼稚園の雪遊びも楽しいよ。こないだの休みに、家族みんなで公園に雪遊びしたのも楽しかった。今度こそかまくら作って、あのワニさんのようにいこたつを運んで餅を焼くぞー。*あのワニさん…『わにわにと おおゆき』に出てくる赤いワニ。

☆A

雪の思い出はいっぱいありますが、子供のころ黒部の家で祖父と父がかまくらを作ってくれて、大変うれしかったですが、大きくなった私はそのかまくらからはみ出ていました。

大学時代に富山のアパートの駐車場で車がこっぽり雪で埋もれてしまいました。その時、80歳過ぎた祖父が必死に掘り起こしてくれたこと。

大学時代に富山に来てくれた母とご飯を食べて出たとき、車がすっぽり雪に埋まていたのは驚いたこと。

小学校の高学年の時、父兄も引率でスキーに行ったとき、友達と上から滑って降りてくる途中に父が転んでいたところを見たときのこと。

☆Y junior

6~7年前に大雪の時があって、高岡の職場まで通勤するのに8号線も高速もだめだと思い、新幹線で向かいました。駅に着いてホッとしましたが、バスは動かず、歩いて1時間ほどかかったのを思い出します。出身が神戸なので大雪の経験がなかったのでビックリしました。

4.雪の思い出トーク

★”このあとどうしちゃおう”のお話会 (2024年8月31日)

1.『このあと どうしちゃおう』

『このあと どうしちゃおう』(作: ヨシタケシンスケ 出版社: ブロンズ新社)

この本は、娘が「おじいちゃんの本」と言って7~8年前に買ってきた本です。

ももとばばのお話会でこの本を読んだとき、ももは「おおじじの本」だ。「この絵、おおじじにそっくり」と、言っていました。

2017年のちょうど今日、私が勤務していた高齢者施設の生活懇談会で“「死」を考えることで「生」を考えたい”をテーマに「この世とお別れしたあとの予定」、「天国ってこんなところ」、「次は何に生まれ変わりたいか」などについて70歳~95歳の入居者さんに考えていただきました。そして「死を考えるのは死ぬためじゃない、生きるためなんだ!」を実感していただきました。

『このあと どうしちゃおう』には、亡き祖父の書き残した「このあと どうしちゃおう」ノートを見つけた孫が当時の祖父の心境に思いを巡らせる物語です。

「じぶんが しょうらい しんだら どうなりたいか」が、かいてあります。「うまれかわったらなりたいもの」「こんなかみさまにいてほしい」......なんだかおじいちゃん、たのしそう。でも、もしかしたらぎゃくだったのかもしれない。ぼくだったら、どうしちゃおうかな。いま、いきているあいだに、かんがえてみよう!

「このあとどうしちゃおう」

おじいちゃんのノートには自分が将来死んでしまったら、どうなりたいのか、どうしてほしいのかが書いてありました。
ピザ屋さんもいいな、クラゲもいいな。生まれ変わったらなりたいもの一覧。
天国ってこんなところにちがいない。テーマパークのような予想図。
こんな神様がいてくれたらいいな。いろいろな神様たち。

おじいちゃんの絵と文字でいきいきと描かれる、ユーモアたっぷりな天国の姿。
それを読んで、男の子はとってもわくわくしてきました。
「ぼくも天国に行くのが楽しみになってきた!
おじいちゃんは、死ぬのが楽しみだったんだろうか?」
でも、ふと男の子は考えるのです。
「ちょっと待てよ。もしかしたら、逆だったのかもしれない─」

この作品で描くのは「生きることと死ぬこと」。

おじいちゃんと同じように、「このあとどうしちゃおう」ノートを作ろうとする男の子。
ところが、いざ何を書こうかと考えはじめると、今の自分に必要なのは別のノートだと気づきます。
「自分が死んじゃったあとのことを考えようとすると、今生きているうちにやりたいことがいっぱいあることにきづいた」
公園と男の子とを描いた最後のページ。その光景の中に、男の子を見守るおじいちゃんの姿が見えるんです。

もも、「おおじじ、いすにかくれてみてんじゃない。こないだ蜘蛛に変身してきてたもんね」。

2.『もうぬげない』…もも朗読

~ももは、ところどころ読みながら、笑いが止まりませんでした。~

作: ヨシタケシンスケ 出版社: ブロンズ新社

<出版社からの内容紹介>

ふくがぬげなくたって、なんとかなる!?人生の悩みごとは、ヨシタケ流ユーモアでのりこえよう!ふくがひっかかってぬげなくなって、もうどれくらいたったのかしら。このままずっとぬげなかったらどうしよう。でも、なんとかなりそうな気もする・・・!

3.「このあとどうしちゃおう」トーク

☆もも

①遊園地に行きたい。

②色はピンクなんだけど、恐竜のキッチンがほしい。キキララの帽子をかぶってお料理を作って、皆に食べさせてあげたい。ばばとかじじとかおおばばとかおおじじとかに食べさせてあげたい。???おおじじは空の上からバクバク食べてくれると思う。

③大人になったらアンパンマンの救急車を買って、ばばが病気になったとき病院に運んで治してあげる。

④パン屋さんになってチョコパンを作りたい。

⑤絵かき屋さんになって、みんなを楽しませたい。

⑥家を修理する人になりたい。

⑦おもちゃ屋さんにもなりたい。

⑧地球を守る人になりたい。宇宙飛行士になって、どこでも息ができるヘルメットをかぶって、みんなを助ける!

そのためにはご飯をいっぱい食べて、勉強して本をいっぱい読むよー。あ!1探検家にもなりたい。

ばばが怖い時も、ももが鬼太郎になって守ってあげる。

☆けん

もも「おとなになったら何したい」→けん「ああ、ああ」

もも「なにしたい」→けん「まんまんまんまん」

☆K

もも「じじ、これからなにしたい?」

→じじ「①ももちゃんとけんくんが大きくなるのを見ていく。②いっしょに遊ぶ。夏にプールへ行ったり、海へ行ったり、。テント張ってキャンプしたりしたい。」

☆A

日本の水族館に片っ端から出かけ、そのあと世界の水族館に出かけたい。

☆Y junior

①みんなで卓球しちゃおう。
②みんなでカラオケしちゃおう。
③みんなでボーリングしちゃおう。
④みんなで映画を観ちゃおう。
⑤みんなでバンドで演奏しちゃおう。
⑥みんなでUVERworldのライブに行っちゃおう。

☆YUKIKO

私はこのあとも今やっていることをやり続けます。一期一会、この世のご縁を大切に一瞬一瞬みんなと楽しく過ごします。Shining small stone(ホームページ)で“誰もが輝く宇宙の微塵であると信じている私のあふれるき・も・ち”を描き続けます。与えられた命の最後の一滴まで生き抜いてやがてこの世を去ったときには、この本のおじいちゃんと同じようにももやけんやかぞくをいろんなものに変身して見守りたいです。

☆よしみちゃん達(以前の「土地の人 旅の人のお話会」によく参加してくださっていたメンバーからのメッセージ)

これからも、ゆっこちゃんたちにとって“親んち”のような存在であり続けられたら、と願っています。ありがとう。

4.ティータイム

★Christmasのお話会 (2023年12月24日)

参加者:S.S.Stoneファミリー6人

1.サンタクロースっているんでしょうか?

「サンタクロースっているんでしょうか?」

そんな質問に、ピッタリとこたえた人がいます。 今から126年前のアメリカのニューヨーク・サンという新聞にでた社説です。これを書いたのは、フランシス=P=チャーチという同社の記者でした。ある日、 編集長はチャーチに、幼い筆跡で書かれた一通の手紙を渡して、この子への返事を社説に書いてみないかと言いました。 「8歳の子どもへの手紙を社説に?」 チャー チは、初めブツブツ言いましたが、やがて机に向かって書き上げました。その文章が『サンタクロースっているんでしょうか?』だったのです。この本は娘が生まれた年のクリスマスに黒部の心友から贈られた本です。その時から毎年この本を読んでいます。

きしゃさま

あたしは、八つです。

あたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ。」っていっている子がいます。

パパにきいてみたら、

「サンしんぶんに、といあわせてごらん。しんぶんしゃで、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」

と、いいました。

ですから、おねがいです。 おしえてください。サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?

バージニア=オハンロン

ニューヨーク市 西九五番街一一五番地

〈一八九七年九月二十一日 ニューヨーク・サン新聞「社説」>

ニューヨーク・サンしんぶんしゃに、このたび、つぎのような手紙がとどきました。さっそく、社説でとりあげて、おへんじしたいとおもいます。

この手紙のさしだし人が、こんなにたいせつなしつもんをするほど、わたしたちを信頼してくださったことを、記者いちどう、たいへんうれしくおもっております。

子どもから大人まで人々の胸を打ち続ける新聞記者のお返事とはどんな内容だったのでしょう。
一部を抜粋してご紹介します。
「この世の中に、愛や、人へのおもいやりや、まごころがあるのとおなじように、サンタクロースもたしかにいるのです」
「サンタクロースをみた人は、いません。けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです」
「サンタクロースがいない、ですって?とんでもない! うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。それどころか、いつまでもしなないでしょう。一千年のちまでも、百万年のちまでも、サンタクロースは、子どもたちの心を、いまとかわらず、よろこばせてくれることでしょう。」
読んでいくと、この新聞記者がどれほど真摯に子どもの質問に答えてくれたかということが伝わってきます。また目に見えないものを信じることの大切さや豊かさを教えてくれるのです。

「サンタクロースっているんでしょうか?」

私の母は私の枕元に正月に履く下駄を置いてくれました。娘のクリスマスはサンタクロースへの手紙の返事を夫が毎年書いていました。プレゼントは、サンタクロースの国で作るものだから手作り感があるもの!ラッピングはデパート等の名前のないものを吟味しました。娘は中学1年の12月25日までサンタクロースはいると信じていました。その日、夜中にプレゼントを置くのを忘れてしまい、午前5時、プレゼントを枕元に置いたところを娘が見てしまいました。娘のサンタクロースへの手紙、夫(サンタクロース)の手紙は懐かしい思い出です。

今日のお話会の後、娘が言いました。「サンタがいると思う想像力。親の愛。それをひっくるめったサンタクロースは素晴らしい」と言いました。

さて、今晩、ももとけんにサンタクロースは来てくださるのでしょうか?

2.『おばけになったサンタクロース』朗読………ももとばば

作: 安田浩 絵: 磯田 和一 出版社: ひさかたチャイルド

「えんとつは ふさがっていても、まどやドアは かぎが かかっていても、おばけなら とおりぬけられます。サンタさんは うすい ふくをきて、じゅもんをとなえて、おばけになって プレゼントくばり。でも、あんまり さむいので…。」(出版社からの内容紹介)

3.クリスマスソング合唱

「ジングルベル」

「きよしこの夜」

★ハロウィンのお話会(2023年10月28日)

1.ハロウィンの話

ハロウィンの発祥は、2000年以上も前。ヨーロッパの古代ケルト人が行っていた祭礼「サウィン(Samhain)」が起源だといわれています。サウィンは「夏の終わり」を意味し、秋の収穫を祝うとともに、悪霊を追い払う宗教的な行事として、古代ケルト人の暮らしに根づきました。
ケルトの暦では、10月31日は1年の終わりの日であり、現世と来世を分ける境界が弱まる時。そして、死者の魂が家族のもとへ戻ってくる日としても信じられていました。
死者の魂とともに悪霊も一緒にやってくると考えられ、その悪霊に人間だと気づかれないように、火を焚いたり仮面を着けたりして身を守ったといわれています。この風習が、ハロウィンの代表的な習慣である仮装の起源となったそうです。

この土着信仰がやがてキリスト教と結びつき、キリスト教の諸聖人に祈りを捧げる「万聖節」の前夜祭として行われるようになりました。Hallowとは聖人を意味する言葉で、「諸聖人の日=All Saints’ Day」は「All Hallows」とも表記されます。

「ジャック・オー・ランタン」と呼ばれる、カボチャを用いて作られたランタンがたくさん飾られます。このランタンは一説には、ケルト人の文化が根強く残るアイルランドのある物語に由来すると言われています。
その物語のあらすじはこうです。

「悪事ばかり働いていたジャックという男が、生前自分の魂を狙った悪魔と『死んでも、地獄に落とさない』という契約を結ぶ。ジャックは死後、生前の行いから天国へ行くことはできず、悪魔との契約のせいで地獄に行くこともできない。行き場を失ったジャックはくり抜いたカブの中に火を灯し、今も彷徨い続けているという。」
物語に登場したのはカブ。なぜ今日カボチャが定着しているのかというと、ハロウィンがアイルランド移民によってアメリカに伝わったとき、アメリカではカブよりカボチャの方が入手しやすかったことが一説にあります。また、カボチャはカブよりもくり抜きやすく、ろうそくを中に入れやすかったという理由もあるそうです。ジャック・オー・ランタンには「悪霊を遠ざける」お守りの意味があり、カボチャの中味をくり抜いて中にロウソクを立てハロウィンの夜に窓辺や玄関に飾ざるともいわれています。

(「SKYWARD」参考)

ハロウィンと日本の行事である大晦日は、その日を一年の終わりとするという点で関係しています。ケルト人は、夏の終わりである10月31日を一年の終わりとしていました。一方、日本の行事である大晦日も、12月31日を一年の終わりとしています。また、ケルトの信仰と日本の信仰には、自然崇拝や多神教、死生観など、共通点がいくつもあります。日本でも、大晦日はお正月にやって来る年神様をお迎えするための準備をするというならわしがあります。

ももへのハロウィンの説明は「ハロウィンとは、昔からヨーロッパであった食べ物に感謝するお祭りのことだよ。この日はご先祖様とオバケも遊びに来る日なんだよ」でした。

★トリック・オア・トリート(Trick or Treat)

子どもたちが仮装をし、お菓子をもらいに家々を巡るトリック・オア・トリート。元々は、悪霊にも食べ物と引き換えに出ていってもらう習わしからきています。これがトリックオアトリートの起源です。

それと同時に、自分たちも霊の衣装を身にまとい、マスクをつけて悪霊を追い払っていました。

「トリック・オア・トリート(お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ)!」と言われたら、「Happy Halloween!!」と返してお菓子を渡します。

ももへのトリックオアトリートの説明は、「食べ物をあげる代わりに悪いオバケに出ていってもらうんだよ」。どうして仮装をするのかは、「オバケと同じ格好をして、連れていかれないようにするためだよ」でした。

2.『だれ だれ?ハロウィン』朗読

ももとばばのお話会で何度も練習した本の朗読をしました。ももは各ページの「トリックオアトリート おかしくれなきゃいたずらしちゃうぞ」とだれだれの後の「こぶたちゃんでした!」など変身した動物の名前を言って、「ハッピーハロウィン」と言います。最後のリクガメさんの「みんなまって~!」のももの朗読で物語は終わります。

ももとばばは魔女の格好で読みました。ハロウィンの雰囲気を楽しみました。

3.それぞれのハロウィン

A:「ももができてから、仮想をしてハロウィンを楽しむようになりました。毎年、ハロウィンは家の一大行事、楽しみにしています。

Yj:自作「わすれんぼうのおばけ」朗読します。

K:「もものためによくあった日本の妖怪ろくろ首をやります。」

Y:「ももと練習していた本の朗読を2人でできて感激!」

4.オバケなんてないさ 作詞:まき みのり 作曲:峯 陽

★七夕の日のお話会(2023年7月7日

7月7日七夕の日、「ももとばばのお話会」の拡大版を家族5人で開きました。何と20年ぶりの土地の人旅の人の集いでした。

夜空を眺めると星が見えます。ずっと遠くを観察するともっと星が見え、更に遠くを観察すると銀河がいくつも見えます。

更にもっと遠くを見て行くと、暫くずっと何もない状態が続き、最後にかすかに消え行く残光が見えます。

ビッグバンの残光です。ビッグバンの瞬間、宇宙最初期には、今、夜空で見えてるものの全てが恐ろしく小さく凝縮され、超高密度、超高温度の熱い火の玉でした。私たちの周りの全ては、そこから始まったのです。

一番星見つけた。見上げた夜空に星がたくさんまたたいていたとき、夕方ひときわ明るい一番星を見つけたとき、あるいは面白い形をした星の並びにふと気がついたとき…星座をたった一つ知るだけで、頭の上に広がる星空が今までとは違ったものに見えてきます。

望めば不思議な星の世界よ。星座は恒星の配置をさまざまな生物や器具に見立てたものです。古来さまざまな地域・文化や時代に応じていろいろなグループ化の方法や星座名が用いられ、 天球の区分としても使われています。やがて現在使われている88の星座が確立されました。 星占いの黄道十二星座は有名です。

1.七夕の日~星空は時を越えて

ももと練習していたパソコンでのスライドショーをしました。ももが一枚一枚マウスをクリックして次のページに画像を送ってくれました。途中から送りが早くなり、ばばは追いつけませんでした。

2.たなばたのねがいごと

『たなばたのねがいごと』は最近毎晩読んでいましたが、何度読んでも感動します。そして絵本ではあまり見かけない女の子と“おばあちゃん”の物語です。「こわれたり なくなったり しない もの? じかんがたっても だいじな もの? それって、なんだろう?」七夕の日、あおいは一生懸命考えました。

「短冊にこめたお願い」について素晴らしい教えでした。七夕の願い事をおばあさんと一緒に歩いて見つけたあおいちゃん。あおいちゃんとおばあちゃんの「いち、にい、さん」は、ももとばばの「いち、にい、さん」に似ています。

<出版社からの内容紹介>

【作者・村中李衣さんの言葉】
七夕に思い思いに記す願い事とは、その思いをずうっと忘れずに持ち続ける、そのために心や身体を尽くすこと
を惜しまないという、空に向けてのまっすぐな誓いのことばでもあるように思います。生まれてからそれほど間がないちいさなひとと、この世を離れるまでの時間がそれほどあるわけでもないおおきなひとが、歩調を合わせて「いち、にい、さん」と歩むことは、人生がまあるく繋がっていること、そのまあるい繋がりの中で、慈しみやいたわりが、途切れなく流れていくということではないでしょうか。読んでくださったみなさんが、それぞれのご家族の中で、愛し愛される優しい関係を育ててくださいますように

3.七夕の日の思い出

A:「毎年やっている七夕のことです。」

Yj:「『星に願いをかけて』 『ホシニネガイ』を作詞作曲したことかな。」

Y:「母親が近所の子供たちを集めて、七夕飾りを作って背戸から切ってきた大きな竹に飾って、七夕の夜に吉田川に流しに行ったことを思い出します。」

K:「30年前、水戸にいたころ那珂川に七夕飾りを流しに行ったことです。」

4.蛍の話…K

何年か前に能登町の国重に蛍を観に行ったとき、木ろう川が流れる田んぼに無数のホタルが舞い、それにつながった杉の木の森林にも蛍が飛び交っていました。目を上に向けると空には満天の星、ホタルも木々の上、高く飛んでいて星か蛍かわからない幻想的な風景が広がっていました。

毎年6月下旬~7月上旬、能登町国重地区に無数のホタルが舞う季節を迎えます。ここでは見たことのないくらいたくさんの源氏蛍を見ることができます。来年は皆で観に行きたいです。

~皆さんの願いがかなえられますように。~

私が「おはなし会」を開くきっかけ

そもそも私が「おはなし会」を開くことにしたのは、かたりべであり、文筆家でもある「はまなす文庫」の細川さんとの出会いと、大学の恩師である近代文学教授の大塚先生からの手紙がきっかけでした。

細川さんは自宅 「文庫」で、おはなし会「紅茶のつどい」、手作り工房「山猫」、かたりべの勉強会「おはなしのへや」などを開かれています。岩手県出身の細川さんとの出会いは、1994年9月21日、陶芸家主催の「イーハ陶房賢治忌」です。その日、細川さんは 「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」「雨にも負けず」の詩と、「虔十公園林』をかたられました。岩手の言葉の不思議な音色から宮沢賢治の足音を聞きました。

それから数ヶ月後、無性に細川さんに会いたくなって、娘と一緒に「紅茶のつどい」に出かけました。その時、私も「はまなす文庫」のような温かい空間を作って、「おはなし」の好きな人と同じ時間を過ごしたいと思いました。

また、その頃、大塚先生から、「・・・・・・世の中の変化は急速で教育問題もいよいよむずかしい問題を孕んで居ります。特に大学の志望者は、卒業後の就職を見越しての志望となっていることは、昔日とは大変な変わりようです。豊かな世の中になっていながら、内実は働くことさえ、いや働く場所を得ることも困難になって居ります。 無用の用なるがゆえに文学は無限に素晴らしいと思っている私の考えなど旧時代の化石にも等しいのかも知れません」という手紙をもらいました。この手紙がおはなし会を開くもう一つのきっかけになりました。

私が学生だった頃、そして、母校で働いていたときも、周りの先生から呪文のように文学を学ぶものにとって、「本を読まなかった日、何も書かなかった日、文学を考えなかった日は愚かな日だったと思いなさい」と言われてきました。幸い小さいときから、本を読むこと、文章を書くことは生活の一部だったので苦にもならず、今日まできました。

「人の心の、隠れた奥底の、さらにより奥底を描き出し得るのは哲学ではなく、文学である」という埴谷雄高の言葉を聞いたとき、「まさしく」と感銘しました。私は文学を心の拠所にして生きてきました。「無用の用なるがゆえに文学は無限に素晴らしい」 と信じています。

先生からこの手紙が届いたとき、自分の小さな力でも、どうにか文学の素晴らしさを伝えることはできないものかと考えました。しかし、自分のできることは限られています。実力も、立場においても。だから、できることから始めました。それぞれの人がそれぞれの立場で、それぞれのことをやる。それもまた大切なことだと思っています。

文学の素晴らしさをどうにか伝えたい。大人にも、子どもにも、夢や希望を忘れないでほしいと願い、シャイニング・スモール・ストーンの「おはなし会」を開くことにしました。

この会は年4回ですが、これでなかなか準備に時間がかかります。絵を描いたり、ワークショップの原稿を作ったり、「『おはなしだいすきの会』つうしん」を出したりしています。私たちの おはなし会は、集ってくれたみんな、配偶者、娘、両親、そして励ましの声を掛けてくださった恩師や友人に支えられて、6月に10回目を迎えました。「『おはなしだいすきの会』つうしん」もだいぶたまってきましたので、いつも土地の人と旅の人が集うことから「土地の人、旅の人」と題して10回記念冊子を作ることにしました。シャイニング・スモール・ストーンのおはなし会はみんなのおはなし会です。

過去のおはなし会のプログラム

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